2011年12月29日木曜日

年末の一言


このブログも、書き始めて4年が経とうとしています。
過去を振り返ると、4年間同じペースで投稿してきた自らの律儀に驚いています。
また、この間を飽きもせず読み続けてくれた仲間の居ることに感謝です。

2011年は実に激しい年でした。人間の知恵と周到な災害への準備も、瞬時にくつがえす自然の強大であることに改めて恐れを感じます。さらに原子力という人間の英知も、前提が少しずれただけで実に危うい存在に激変する悲しさを目のあたりにしました。

只見町では7月29日の豪雨により多くの被害をこうむりました。過疎高齢化で苦しむ山間奥地にさらなる痛手が追い討ちをかけたわけです。
家や道路は時間とともに回復するのでしょう、しかし生活はさらに厳しさを増していく事が予想されます。

こうした環境の中で私のやれる事、それは都会では考えられない生活スタイル、只見町でも考え難い生活スタイルを発信すること。
山間奥地の現状を多くの方に見ていただく事、楽しさも含めて。

毘沙沢に足を踏み入れて17年、住み始めて10年が経ちました。
来年は初心に返り木工と織りにエネルギーの多くを使い、住環境整備も少しずつ再開したいと考えています。
もちろん、歌、オカリナ、フルート、ホルンは続けます。
と言うことはまだまだ忙しい日が続くと言うことになりそうです。

来年は、来年も、皆さまにとりまして良い年でありますように。

写真は、北朝鮮のキム・ジョンイル死亡の報道のときの我が家。
コタツでのんびり卓上織り機を操作。織りは雪国に適しているの図。

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